県立新ホール予定地に開港の街出現
県庁本庁舎から元町方面に歩くと、大きな更地があるのをご存じでしょうか。元の警友病院などの跡地。数年前までテント劇場が建てられて貸し出されていました。坂東玉三郎を招いて21世紀座という興業を打ち上げたものの、コンテナ街道とも言われていた本町通りの騒音がうるさくて芝居どころじゃないと即中止になったいわくつきの場所でもあります。
ここに、県民ホールより小振りの舞台芸術中心のホールを建設する計画が進められてきました。NHKと合築で。屋上にはアンテナ塔がそそり立つので、昨年の地区計画変更の際には、かなり反対の声もありましたが、横浜開港150周年記念の県の事業の目玉として決定されてしまいました。
この用地でこの夏から発掘調査が行われています。もともと警友病院や県の分庁舎が建っていたので、専門家もたいして期待できないと見ていたようですが、掘ってみたら、出るわ、出るわ、開港時から関東大震災の時期までの商館跡の遺構がそっくり出てきているようです。
今日の新聞に昨日行われた報道陣への公開の記事が掲載されています。
東京新聞
http://www.tokyo-np.co.jp/article/kanagawa/20071123/CK2007112302066668.html
神奈川新聞 http://www.kanaloco.jp/localnews/entry/entryxiinov0711507/
この記事をみると、県はタイルが出土した、居留地の生活がしのばれるなど、どうやら出てきたものを、ほかに運んで陳列して足りるものとしたいようです。調査開始の際の「記録保存」という線を越えたくない様子がありあり。
しかし、このところ山下町や海岸通りでホテルやマンションを含めビル工事が続いてきましたが、これだけまとまった調査が行われたのは初めてのこと。また今後も難しいと思われます。
しかもでてきた商館跡は、コッキング商会という薄荷貿易で財をなした英国人が、発電機を調達して居留地に配電していたところだと言うではありませんか。それもなんと地下ケーブルで。すごいことだと思います。
合築の事業者、UR・都市機構は、12月はじめには入札を実施する予定。発掘調査は12月7日までとなっています。20日に開かれた県議会の県民企業常任委員会で県民部の考えをきいたところ、教育委員会が「記録保存」としている以上、予定通り建設に取りかかるとしています。
ホールならどこにでも作れます。開港記念会館だとか近代建築物で保存されているものもないわけではありません。しかし、舗装なんかされていなかった土の上にたっていた商館、居留地の町並みをどこかにそっくり残すべきではないでしょうか。それは、いまのところこの山下町の県有地しかありません。
開港150年の記念事業として、新ホールとこの遺構の保存復元とどちらが価値があるか、少なくとも大きな議論が必要です。
あした、発掘調査をしてきたかながわ文化財財団による見学会が開かれます。これを機に、出土した遺構の保存を求める声が上がってほしいと思います。
見学会の予定は、リンクした新聞記事にあります。ぜひお越しください。
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