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2006年12月21日 (木)

万機公論に決すべし  多選禁止条例

本日、本年最終の本会議。知事の多選禁止条例案が採決され、自民、公明、共産などの反対で否決となりました。民主、NET、そして私たち市民の党は賛成しました。

 今日は、本会議で討論にたちましたが、まったく原稿を書かないまま議場入り、余計なときはさんざん開会が遅れますけど、こういう日に限って定刻に始まります。他党の討論中にめも書きを完成させようと思っていたら、自民党の次に私の番が。これは予想外でした。
 本会議の討論は、反対、賛成の順で変わりばんこに多数会派から行います。多選禁止条例には民主、NETといっしょに賛成なのですが、こちらは補正予算案と知事の退職金条例に反対なので、委員会採決結果に「反対」の討論をやったために、民主、NETより先にしゃべることとなっていた次第。ちょっとあわてました。

 討論では、昨日から胸にくすぶっていた「万機公論に決すべし」を思いっきり言ってやりました。
 「広く会議を起こし、万機公論に決すべし」日本の近代議会政治の出発点になった五箇条のご誓文のこの精神は、いったん会議を開いたら、議会外で論議するなというようなみみっちぃ考えなんですかと。

 福井藩士の由利公正の草案(議事の体大意ーぎじのていたいい)は、「万機公論に決し、私に論ずるなかれ」だったそうです。知事の新聞投稿にいちゃもんをつけて「議会軽視」といいはる自民党は、まさに「議会人」という私で論じようとするものではないかと。

 多選禁止については、由利公正の草案の別項にある「貢士期限をもって、賢才に譲るべし」を引き合いに出して、賛同の趣旨を述べました。あわてて登壇したもので、しゃべり始めた時間を見てなくて、「時間内に終われよ」なんて野次が飛んできたんで、ちょっと舌足らずになってしまいましたが。
 由利公正は、アメリカの大統領制も想定して、この項を書いたようです。当時各藩から中央政府にあがっていた「貢士」を期限制にするこの案は、木戸孝允によって削除されましたが、もし草案が通っていたら、明治から今日までの霞ヶ関の官僚が絶大な権力を振るってきた日本の近代のかたちがだいぶ変わっていたはずです。

 もうひとつ言ったのは、反対論者が口にする「憲法の職業選択に自由、公選法の立候補の自由に抵触する」というのが総務省の見解だから、この秋からはじまっている国の検討を待てという言い分への反論。そもそも、集団的自衛権の問題では、内閣法制局が解釈権をもっていることにさんざん文句言ってる人たちがなに言ってんですかと。
 そもそも憲法も法律も、国民のためにあるもので、根源的な解釈権は、国民のもののはず。それをあるときは総務省に預け、あるときは法制局を弾劾する、そんな手前勝手は許されません。

 いっそ、そんなに職業選択の自由をいうなら、皆さんが経営されている会社では、60歳過ぎたら定年というのは、年齢差別だから即やめたらどうですかと言おうかと思ったんですが、やめておきました。

 こうして、自民の穴倉戦術を批判し、由利公正の理想を140年ぶりに実現する多選禁止を位置づけた上で、知事に一言注文をつけました。知事だから掲載された投稿、このことひとつが知事の力の大きさを示していますが、はたしてあの投稿は真摯に条例案の成立を期してのことだったですかと。
 あれで、成立の見込のたたない条例案を出したこと自体が、選挙目当てのパフォーマンスとの見方を確定させてしまいました。条例提案権を県民のためではなく自分のために使ったりしたらいけません。
 否決後、知事は意気軒昂としていたそうで、残念ながらこの「諫言」は、松沢さんには届かなかったようです。

 

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