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2006年10月23日 (月)

16区補選 残念

 この2週間、神奈川16区の衆院補選の応援に行っていました。民主党のごとう祐一さんを、私たち市民の党と神奈川ネットも推薦して応援したのですが・・・・。
 厚木・相模原南部の都市部から津久井の水源地帯まで広い選挙区。民主党の足場がほとんどないところで、候補者先頭によく戦いましたが、自公の弔い選挙の壁は破れませんでした。安倍の演説会は、中学校の校庭に6000人、公明党は選挙区内で7000人動員したとか。

 中韓を訪問して外交批判をかわし、「汗が報われる政治を!」などといって再チャレンジなるもので格差批判をかわし、そして上のような組織選挙。大阪もとられてしまいましたから、ちょっとダメージは大きいですが、去年の刺客総選挙の時に比べれば、やっぱり政権交代しなきゃだめ!という声は段違いに大きくなっているとおもいました。

 次の沖縄知事選で巻き返せればいいんですが。

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2006年10月 6日 (金)

原潜事故ほか

 今日は、9月定例本会議最終日、未明までかけて反対討論の原稿書いて、いざ出陣です。

 勝ち組大企業助成の「インベスト神奈川」の助成金が足りなくなったと120億円の追加補正が議案のメイン。私たち市民の党と共産党のほか今回から神奈川ネットも反対に回りました。

 工事契約議案では、今年からせっかく指名入札をやめて競争入札にしたのに、予定価格の80から85%で足切りしてそれ以下の入札は失格とする「最低制限価格」制度を残したままなので、ダンピングではなくまっとうな経営努力で最低のコストをはじいても落札できない現状の改善をもとめました。まだ片肺改革です。

 相模原市と藤野町の合併を承認する議案もでてきました。これ自体は事後承認する形式的な議案ですが、総務省は平成の大合併をさらに進めさせるために、知事に勧告権をもたせる形で各県で審議会をつくらせて協議させています。神奈川県の審議会はこのほど県下を横浜・川崎の政令市のほか6つの圏域に統合しようとする案を出してきていますので、その批判をしました。横浜のように大きくなればなるほど、市民の自治とはいいがたい所帯になります。学者の研究でも、人口あたりの行政コストが一番小さいのは人口15まんから30万人ほどの都市だとのこと。とすれば横浜の場合、大横浜市より区ごとの自治体の方がコストは小さくなる。なのにいまさら横須賀三浦半島市や湘南市などとくくってしまおうというのです。この答申を白紙に戻すように求めました。

 それから、最後に原潜の放射能もれ事件。知事の空母受け入れ容認の直後にこんな事件が出てくるとは。国は調査の打ち切りをしてしまいましたが、それならば、「現地現場主義」を売り物にして、プール排水口事件の時には水着になって江ノ島のプールに潜って調べたんだから、「原潜」ホノルルを追いかけて、あるいは横須賀の海に潜ってちゃんと調べろと注文しました。

 原稿本文はHPにアップします。

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2006年10月 3日 (火)

新教育ビジョン策定中

 今日までで、9月定例会の委員会審査が終わりました。
 所属している文教常任委員会では、自民党が不穏な動き、県立高校再編計画の後期計画が動き出し、来年から新設(併合して新校となる)される高校の概要が報告されたことにかみついて、前期計画(もう終了)のとき、今後県立高校がどうあるか位置づけをはっきりさせて、後期に行くように注文つけておいたのに、教育委員会が勝手に進めてると、このままでは予算が出てきても通せないという勢い。

 松沢知事に対する対立候補を決めたばかりで、どうやら全面的な宣戦布告のようです。とりあえず今回は矛をおさめて先送りとなりましたが、12月と来年2月の本会議は大揺れになりそうです。

 わたしは、いま教育委員会が進めているあらたな県の「教育ビジョン」について質問。
 安倍新総理デビューの目玉として国会では教育基本法改正が行われようとしています。
 一方教育現場では、いじめによる生徒の自殺が相次ぎ、陰湿ないじめに走ったり「切れる」子供たち、引きこもる生徒や青年がますます増えています。
 基本法改正は、こうしたいまの教育現場にたいする何の回答にもならない改悪だと思っていますが、県は昨年「かながわ人づくり」宣言をして、以後このビジョンの作成を進めていますが、これはいったいなにがねらいなのでしょうか? 

「激しい変化が予想されるこれからの時代において、たとえ不測の困難に遭遇しようとも、自らを律して課題を克服し、未来をたくましく切りひらく力」

 これは、「かながわ教育ビジョン」の骨子案に人づくりの理念、教育目標の第一として述べられているものです。委員会の最年少の議員は、この部分はまったくその通りと発言していましたが、私には違和感いっぱいです。
 「たとえ不測の事態に遭遇しても・・・・」
 思わず「侍か?!」とツッコミを入れたくなります。ミッションに立ち向かうトムクルーズのようなたくましさ、こんな「期待される人間像」を求められたら、だれでも重たくなってしまうでしょう。期待に応えられる子はごく一部で、おおかた押しつぶされるか、反発してドロップするか。

  日本の国自体が、バブル以後「たくましく生き抜く」道を探しあぐねているのに、子供達にはうむなくそれを求める。それが、高校未履修問題に表れています。こんな理念をこれからも一番に掲げていくのでは「できる子」にも「できない子」にもますます自らの価値を見失わせてしまう事にならないでしょうか?

 委員会では、子供達に「たくましく生き抜く力」など強さを求めるより、これまで「ふれあい教育」として提唱されてもきた「他者を尊重し、多様性を認め思いやる力」こそ、教育理念・目標の第一に置くべきなのではと問題提起しました。

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