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2006年9月30日 (土)

商店街ににぎわい

Dscf1150_1  突如、事務所のある菊名西口商店街が、フリーマーケット場に。子供達の元気な声が響きます。いいですね。

 商店街の空き店舗を利用して活動しているNPOの子育て広場(?)「びーのびーの」の催し。この団体、個人のミニコンビニのような品ぞれえをしていた店がたたまれた後に入居、今では建物そのものが保育園の遊戯室のように立て替えられ活動が拡がっています。

 入居当時、これは商店街のにぎわい再生の一つの手だと思って、ちょうど産業振興の委員会だったので、空き店舗対策にNPOと連携しては?と質問した事があります。当時の県の答弁は、「商工部はあくまで営業店舗の支援をしている」という素っ気ないものでした。

 今や、この団体は、区と連携して太尾町に地域子育て支援拠点「どろっぷ」をこの春開所しています。
 あっぱれ!県はといえば、あの答弁からほぼ10年、今度の総合計画のメインテーマにNPOとの連携をあげています。こういうあっぱれな人たちの運動と力でだいぶ変わってきた事、実感です。

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2006年9月22日 (金)

ちょっとまった!バス路線再編

 横浜市営バスが大規模な路線廃止・再編を計画しています。走行キロあたり営業収入を東急バスや相鉄バスなどの市内の民営バスの平均と同じ金額にするとして、多くの路線を切り捨てようとしています。

 これまで乗車料ではまかないきれない赤字分を市の補助金で穴埋めしてきましたが、これを来年4月からカットするという中田市長の方針を受けての方針で、利用者に不安が広がっています。

 民間バスと同じ経営にするなら公営である必要はないのに、市営という経営体は存続させるといいますから、これは全く矛盾した方針です。市長の設置した「あり方検討委員会」が求めた民営化を避ける代償として、地理的に不便な地域に住む利用者が犠牲にされようとしています。
 

 都市の経営は、帳簿の帳尻を合わせる事が目的ではありま せん。高齢化社会を迎え、山坂の多い横浜では、これからますます身近な足としてバスの役割は大切になります。脱クルマ社会を進めて温暖化を防止するにも公共交通のネットワークは充実が求められます。

K11_1
 大量路線廃止は時代に逆行、どこにも交通弱者をつくらない政策が必要です。

 路線廃止は、今後県が設けている「生活交通確保対策地域協議会」で審議されます。しかし、このメンバーが、会長の副知事のほか、国土交通省、横浜市。丹沢方面のバス廃止などであれば、やめたいバス事業者に対して町や村がメンバーに入っていて住民の声を代表して引き留めるんですが、市バスの場合これが一体ですからてにおえません。

 そこで、今日、路線廃止反対の声をあげている自治会長さん、老人会長さんらと副知事に面会し、要望書を提出しました。

写真手前の横顔が尾高副知事、奥が私。

 廃止対象路線沿線では町内会ごとの陳情署名などが集まっています。

 コストカッター ナカッター市長!住民の貴重な足まで切らるのは許さんぞ!

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2006年9月10日 (日)

相撲大会

Sh520045  区の相撲大会に行って来ました。

 新羽小には立派な土俵がつくられています。

 国技もこのところは外国人が席巻。国際化するのはいいんですが、横綱めざしてがんばれっと言いたくなります。

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2006年9月 8日 (金)

受験生の頭に汚水が 県立高校視察

文教常任委員会の調査で、県立旭高校に行って来ました。

Sh520042 昭和48年創立。噂には聞いていましたが、このころたった高校は、ちょうど大規模修繕、リニューアルの予算をつけなければいけない時期に県が財政危機に突入してしまって、大変な状況になっています。

 写真は、校舎と校舎のつなぎ目のところが雨漏りして、天井がはがれてしまっています。今年の入試の面接を待っている生徒の上にも水がもれたとの事。トイレのタイルもtころどころまとめてはがれたまま。体育館の窓は、アルミでなく鉄製なので、さびて動かないので締め切ったままとか。

 男子494人に対して女子208人なのは、このせいも確実にあると思いました。

 日産やソニーに50億円の立地助成するまえにこれを何とかしなくちゃ、松沢さん!

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2006年9月 2日 (土)

小豆島3

Dscf1076 今日は、誕生日。ついに50才になってしまった。トホホ・・・

というわけで、生まれた生家を紹介します。

といってもみての通り、家がありません。両親は今は兵庫県にいます。母親が産婆さんの手で私を生んでくれた家は、戦時中の建築、昨年ついに土塀が倒れて、廃屋ごと解体処理されました。

 石の土台の切れ目のところが玄関でした。庭にあった柿の木もイチジクの木もなくなっていました。ちょっと悲しい風景でした。

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